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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)3150号 判決

原告

戸村敦子

被告

篠田茂

ほか一名

主文

一  被告篠田茂は原告に対し、金一五三八万四三七円及び内金一三九八万四三七円に対する昭和五一年四月一日以降、内金一四〇万円に対する昭和五四年六月九日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日本火災海上保険株式会社は原告に対し、原告の被告篠田茂に対する本判決が確定したときは、金一一一三万円及びこれに対する右確定日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告に対し、被告篠田茂は金四六七九万円、被告日本火災海上保険株式会社は金一一一三万円及び右各金員に対する昭和五一年四月一日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

原告は、昭和五一年一月二三日午後五時一〇分ころ愛知県岡崎市矢作猫田二一番地先交差点において、自転車を運転して進行中、被告篠田茂(以下、被告篠田という。)運転の普通乗用自動車(車両番号、三河五五ろ二六五四、以下、被告車という。)と接触し、負傷した(以下、本件事故という。)。

2  被告篠田の責任

被告篠田は、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)第三条に基づき、原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

3  権利侵害

(一) 傷害

原告は、本件事故により、右膝部の骨の負傷、右膝部の靱帯断裂、右大腿骨々折、左膝下部の靱帯及び筋肉の負傷、左第七、八肋骨々折、口腔内歯根膜部の負傷、全身打撲等の傷害を受け、昭和五一年一月二三日から同年五月五日まで一〇四日間愛知県岡崎市所在の伊藤整形外科病院に入院し、同年一月二四日右大腿骨々折の治療のための手術を受けたが経過が悪く、同年五月六日から昭和五二年九月二八日まで五一一日間東京都目黒区所在の東邦大学付属大橋病院に入院し、骨が接合されていないことが判明したため、昭和五一年一〇月一日に手術を受け、昭和五二年九月二九日から同年一〇月二〇日までの間に一二回同病院に通院したがやはり経過が悪く、同区所在の国立東京第二病院に転医し、同月二六日から昭和五五年七月二九日までの間に、昭和五二年一一月四日から昭和五三年八月二六日までの二九六日間と、昭和五五年二月二六日から同年六月二一日まで一一六日間の合計四一二日間入院し、その余の期間中に一三回通院し、昭和五二年一二月二日右大腿骨の接合手術、昭和五三年三月一三日に右膝靱帯形成手術を受け、さらに昭和五五年二月の入院の際症状改善のための手術を受けた。

(二) 後遺症

原告の症状は、昭和五五年一〇月に固定し、次のような後遺症が残つた。

右膝関節に外傷性変形性膝関節症があり、膝に体重がかかる姿勢をとると疼痛が増強するため、歩行は杖を使用して三〇〇メートルが限度であり、立位は一〇分、腰かけ位は三時間位しかとることができず、座位は下肢を伸ばしたままの長座位だけが可能で、正座、横座り、あぐらは不可能であり、右症状は年月の経過と共に徐々に悪化して行くものである。

そのほか、右膝には高度の動揺性があり、常時支柱付きのサポーターの装用が必要で、右膝の屈曲は一一〇度で制限があり、また右下肢は約二センチメートル短縮し、右股関節周囲に疼痛と運動制限があり、右膝部を中心に合計約四〇センチメートルの大きな醜状瘢痕がある。

以上の後遺症は、自賠法施行令別表後遺障害等級第七級に相当するものである。

4  損害

(一) 治療費

原告は、前記のとおり入通院治療を受け、伊藤整形外科医院において金一七一万五一〇〇円、東邦大学医学部付属大橋病院において金七〇三万七一〇〇円、国立東京第二病院において金一一七万四八〇一円(第一回入院分金六八万三二三〇円、第二回入院分金四六万五八六七円、通院分金二万五七〇四円)、合計金九九二万七〇〇一円の治療費を要した。

(二) 入院付添費

原告は、前記伊藤整形外科医院に入院中、家政婦による付添費として八二日分金三五万四一〇四円、原告の母訴外戸村カノエによる付添費として一日当たり金三〇〇〇円、二二日分金六万六〇〇〇円、合計金四二万一〇四円の入院付添費を要した。

(三) 装具代

原告は、前記傷害及び後遺症のため、装具代として金五万一七〇〇円を要した。

(四) 入院雑費

原告は、前記3(一)記載の入院期間中、一日当たり金七〇〇円、一〇二七日分合計金七一万八九〇〇円の入院雑費を要した。

(五) 通院交通費

原告は、昭和五四年六月一日、五日、一二日の三回、当時住んでいた愛知県岡崎市所在の光ケ丘女子高等学校の寮から、東京都目黒区所在の国立東京第二病院に装具合わせのため通院したが、身体障害のため外出には介添人を必要とし、東京都杉並区に在住していた原告の母が送迎、付添をし、原告と付添人の東京都と岡崎市間の交通費合計金八万一四〇円を要した。

(六) 逸失利益

(1) 原告は、昭和三三年五月生まれの女子で、本件事故当時一七歳、高校二年生であつた。原告は、本件事故による入院のため高校卒業が三年遅れ、昭和五五年四月四年制大学に進学し、その後の入院のため、大学卒業も一年遅れ、昭和六〇年三月大学卒業予定である。原告の家庭は、原告を大学に進学させ得る環境にあり、原告は、本件事故当時大学進学を希望しており、大学合格可能な学業成績を示していた(実際にその後四年制大学に進学している。)から、本件事故がなければ、昭和五二年三月高校を卒業して四年制大学に進学し、昭和五六年三月には大学を卒業し、同年四月に就職し、六七歳に達する昭和一〇一年三月までの四五年間稼働し、四年制大学卒業の女子労働者の平均賃金を下回らない収入を得られるはずであつた。

(2) ところが、原告は、前記のとおり本件事故による負傷のため、昭和五六年四月から昭和六〇年三月までは収入を得ることができなくなつたのであるから、昭和五五年度賃金センサスの大学卒二〇歳ないし二四歳の女子労働者の平均給与額である金一七五万三七〇〇円を基礎に、事故直後の学年末である昭和五一年三月末日を基準日として、年五分の割合による中間利息を新ホフマン式計算法により控除して右時点の価額を算出すると、金五一一万〇一〇六円となる。

(3) また、原告は、前記後遺症により少なくともその労働能力の五六パーセントを喪失したものであり、昭和六〇年四月から昭和一〇一年三月までの四一年間にわたり得べかりし賃金の五六パーセントに当たる金員を失うことになるから、昭和五五年度賃金センサス大学卒女子労働者の全平均給与額である金二五三万八六〇〇円を基礎に、年五分の割合による中間利息を新ホフマン式計算法により控除して現在価額を算出すると、金二四七五万八一〇一円となる。

(4) したがつて、原告の逸失利益は、合計金二九八六万円(一万円未満切捨て)となる。

(七) 慰藉料

原告は、前記傷害のため入院約三四か月間を含む四年半の治療期間を要し、そのため多大の精神的苦痛を受けた。これを慰藉するには金四〇八万円が相当である。

また、原告は、前記後遺症が残り、生涯にわたる多大の精神的苦痛を受けえ。これを慰藉するには金一一二〇万円が相当である。

(八) 損害の填補

原告は、被告会社から金九八七万円(一万円未満切上げ)、自動車損害賠償責任保険から金三九二万円、合計金一三七九万円の支払いを受けた。

(九) 弁護士費用

原告は、被告篠田が任意に損害賠償債務を履行しないので、原告訴訟代理人に本訴の提起、追行を依頼し、弁護士費用として金四二五万円を要した。

(一〇) 請求額

前記(一)ないし(七)の合計金五六三三万円(一万円未満切捨て)から前記(八)の損害の填補金一三七九万円を控除した金四二五四万円と右(九)の弁護士費用金四二五万円とを加えた金四六七九万円を請求する。

5  被告日本火災海上保険株式会社(以下、被告会社という。)の債務

(一) 被告会社は、被告車につき被保険者を被告篠田とし、本件事故発生日を保険期間内とする保険金額金二〇〇〇万円の普通自動車保険契約(以下、本件保険契約という。)を締結した。

(二) 本件保険契約は、昭和四七年一〇月に改訂された自動車普通保険約款(以下、四七年約款という。)が適用され、同約款によれば、被害者は保険会社に対し直接保険金を請求できる旨の定めがないが、保険契約を締結している場合、被害者との実質的交渉権は加害者から保険会社へ移り、現実の訴訟では加害者が被告となつていても、保険会社の関係弁護士が被告代理人となることにより、実質的には被害者対保険会社の訴訟になつていること、被害者が保険会社に対し直接保険金の支払いを請求できるとした方が被害者と加害者間の損害賠償額の確定及び被保険者と保険会社間の保険金額の確定という二重手間を省くことができ、かつ、加害者による保険金の流用を防止することができることからすれば、右約款に司法的規制を加え、約款を補充して被害者の保険会社に対する直接請求権を認めるべきである。

また、同約款によれば、保険金請求権の履行期を判決等の確定後としているが、これでは損害賠償債務の遅延損害金が加害者の負担となり、また現実の訴訟では前記のとおり実質的な被告は保険会社であるから、保険会社が保険金支払いの時期を左右できるのに遅延損害金の負担をしないことになつて不合理であるから、右約款は無効とし、損害賠償債務と保険金債務の履行期を同一にすべきである。

(三) 仮に、原告が被告会社に対し、保険金の直接請求をすることができないとしても、被告篠田は被告会社に対し保険金請求権があり、被告篠田は無資力であるから、原告は被告篠田に対する前記損害賠償債権に基づき被告篠田に代位して右保険金請求権を行使する。

(四) 被告会社は、右保険契約に基づき原告に対し、本件事故につき金九八七万円を支払い、内金一〇〇万円を自動車損害賠償責任保険から償還を受けたので、被告会社が本件事故につき支払義務を負う保険金の額は金一一一三万円である。

(五) したがつて、原告は被告会社に対し、金一一一三万円の保険金を請求することができる。

6  そこで、原告は、被告篠田に対し損害賠償金四六七九万円、被告会社に対し保険金一一一三万円及び右各金員に対する不法行為の日の後である昭和五一年四月一日以降各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)の事実の内、傷害の内容、手術内容、及び国立第二病院に一三回通院したことは知らない。その余の事実は認める。原告は、東邦大学医学部付属大橋病院において耳鼻科及び婦人科の治療をも受けているが、これは本件事故と因果関係がない。また、原告主張の損害の一部は、病院の治療ミスによるものであるから、全損害を被告らのみが負担するのは不合理である。

同3(二)の事実は知らない。後遺症の障害等級については、原告の症状では合併して第九級が相当である。

4  同4(一)の事実の内、伊藤整形外科医院において金一七一万五一〇〇円、国立東京第二病院において第一回入院分金六八万三二三〇円の治療費を要したことは認めるが、その余の事実は知らない。

同4(二)の事実の内、伊藤整形外科医院において付添費金三五万四一〇四円を要したことは認め、その余の事実は知らない。

同4(三)ないし(七)、(九)の事実は知らない。同4(八)の事実は認める。

逸失利益については、仮に原告の後遺症の障害等級が併合して第七級であるとしても、原告の年齢からして今後原告に適した職業が見つかる可能性も大きく、十分な適応能力があるものと予想されるから、労働能力喪失期間及び割合を六七歳まで五六パーセントとすることは相当でない。

5  同5(一)の事実及び(二)の事実のうち、本件保険契約には四七年約款が適用されることは認める。四七年約款の効力に関する原告の主張は争う。

同5(四)の事実のうち、被告会社が原告に対し金九八七万円を支払い、内金一〇〇万円を自動車損害賠償責任保険から償還を受けたことは認める。

三  抗弁

本件事故は、被告篠田が中園町方面から国道一号線方面へ南北に通ずる車道幅約六メートルの道路を南進してきて時速約二五キロメートルで本件交差点に差しかかつたところ、道路左側に数台の駐車車両があつて見通しが悪い状態にあつた、右通路より狭い交差道路から原告が自転車で高速度で飛び出してきたために生じたものである。当時みぞれが降つていて、夕方で薄暗く、原告は黒つぽいオーバーを着ていた。このような状況の下で、狭路から広路へ飛び出した原告の過失も事故発生の一因をなしているから、原告の損害の算定に当たつては右過失をしん酌し、損害賠償額を四割減額すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認し、過失割合は争う。

本件事故は横断者が予想される交差点の事故で、原告は本件交差点の入口で左右を十分に確認して右交差点に入り、既に横断中であつたものであり、本件交差点付近が後に横断歩道が設置された程の住宅街であつたこと、被告篠田には前方不注視の過失があつたこと、自転車は歩行者に準じて考えるべきであることを考え合わせると、原告には損害の算定に当たつてしん酌すべき程の過失はない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求の原因1の本件事故発生の事実及び同2の被告篠田が被告車の運行供用者であることは、当事者間に争いがない。

そうすると、被告篠田は自賠法第三条に基づき原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

二  そこで、原告が本件事故により受けた傷害、治療の経過及び後遺症につき検討する。

1  成立に争いのない甲第八号証、第二五、第二六号証の各一ないし四、第二八号証の一ないし三、第二九号証の一ないし八、第三〇ないし第三二号証、第三三号証の一ないし八、第三七号証の一ないし二四、第三八号証の一ないし一四、第三九号証の一ないし一九、第四〇号証、第四一号証の一ないし五、第四四号証の一ないし二〇、第四五号証の一ないし四、乙第一ないし第五号証、証人兼鑑定人岡田菊三の供述、原告本人尋問の結果(第二回)によれば、次の事実を認定することができる。原告は、本件事故により右大腿骨々折、左第七、第八肋骨々折、左膝部挫傷、左下腿部挫創、頸椎捻挫、全身打撲傷、臀部挫傷の傷害を受け、本件事故日である昭和五一年一月二三日から同年五月五日までの一〇四日間愛知県岡崎市所在の伊藤整形外科医院に入院し、同年一月二四日右大腿骨について観血的整復術を受けプレート及びギプス固定をしたが、骨の癒合状態が不良であつた。そこで、原告は、同年五月六日から昭和五二年九月二八日までの五一一日間東京都目黒区所在の東邦大学医学部付属大橋病院に入院し、同月二九日から同年一〇月二〇日までの間一二回通院し、右大腿骨骨折(遷延治療骨折)の病名で伊藤整形外科医院で施されたプレートを除却し、ギプス固定を新たにして経過を観察したが、やはり骨の癒合が不十分であつた。右病院では伊藤整形外科医院で服用した薬物の影響によると思われる尋常性及び膿庖性瘡の治療のため皮膚科の、耳鳴り、めまいの治療のため耳鼻科の、月経異常の治療のため婦人科の各治療を受けた。同年一〇月二六日国立東京第二病院に転医し、右大腿骨偽関節、右膝陳旧性靱帯断裂と診断され、二回通院後、同年一一月四日から昭和五三年八月二六日までの二九六日間同病院に入院し、昭和五二年一二月二日右大腿骨々折髄内釘固定術の手術を受け、昭和五三年三月一三日右膝靱帯形成術の手術を受けた。退院後同年一〇月二日から昭和五四年八月二四日までの間に九回通院し、同年三月二四日には同病院の岡田医師により症状固定の診断を受けたが、右膝関節の動揺が著明で、変形性膝関節症への移行が考えられ、また右大腿骨の髄内釘抜去術施行の必要があつたため、昭和五五年二月二六日から同年六月二一日までの一一六日間同病院に再入院し、同年三月三日右膝の前方動揺性に対する前十字靱帯形成術及び髄内釘抜去術を受け、退院後同年一〇月一一日までの間に二回通院して同日症状固定の診断を受けた(以上の入通院のうち、国立東京第二病院への合計一三回の通院以外については、当事者間に争いがない。)。昭和五五年三月三日の手術により膝関節の動揺性は強から中位に改善された。以上の事実が認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

被告らは、原告の受けた傷害の治療経過につき病院の治療ミスの存在を主張するが、これを認めるに足りる証拠はないから、被告らの主張は失当である。また、被告らは、東邦大学医学部付属大橋病院における耳鼻科、婦人科の治療は本件事故と因果関係がない旨主張するが、前記認定事実によれば、本件事故と因果関係があるものと推認することができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  前記認定事実に、前掲甲第三二号証、成立に争いのない甲第四五号証の一ないし四、第四六号証の一ないし三、第四七号証の一、二、鑑定嘱託の結果、証人兼鑑定人岡田菊三の供述を総合すると、次の事実を認定することができる。

原告の症状は、昭和五五年一〇月一一日に固定したが、後遺症として、次の症状が残つた。

(一)  右膝関節に屈曲制限があり、屈曲角度は左膝が自動、他動共に一三〇度であるのに対し、右膝は自動九五度、他動一一〇度であり、右膝関節に高度の動揺性があり、また外傷性変形性膝関節症があるため、安静時、腰かけ時は膝に体重が加わらないので疼痛はないが、立位では右膝に疼痛があり、歩行は杖を使用しなければ不可能で、杖を使用しても疼痛のため三〇〇メートル位が限度であり、常時支柱付きサポーターの装用が望ましいこと。

(二)  右下肢が左下肢より約二センチメートル短く、これと右(一)の障害によりは行が著明であること。

(三)  右股関節の内旋外旋に軽度の障害があり、髄内釘の頭部の刺激による局所の神経症状があること。

(四)  右膝部を中心として計約四〇センチメートルの大きな醜状瘢痕があること。

(五)  外傷性変形性膝関節症は除々に進行中であり、今後増悪する可能性があること。

以上の事実が認められ、甲第三二号証、第四五号証の一、証人兼鑑定人岡田菊三の供述中、右認定に反する部分は鑑定嘱託の結果に照らして採用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

三  次に、損害について判断する。

1  治療費

原告が前記傷害の治療のため伊藤整形外科医院において金一七一万五一〇〇円、国立東京第二病院において第一回入院分で金六八万三二三〇円の治療費を要したことは当事者間に争いがない。前掲甲第二九号証の一ないし八、第四一号証の一ないし五、原告本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したものと認める甲第三五、第四二号証の各一ないし五によれば、原告は前記傷害の治療のため東邦大学医学部付属大橋病院において金七〇三万七一〇〇円、国立東京第二病院において第二回入院分金四六万五八六七円、同通院分金一万二二三七円の治療費を要したことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。そうすると、原告が本件事故により受けた傷害の治療のため要した費用は、合計金九九一万三五三四円となる。

2  入院付添費

原告が伊藤整形外科医院に入院中に金三五万四一〇四円の付添費を要したことは、当事者間に争いがない。前掲甲第二五号証の一ないし四、成立に争いのない甲第二七号証の一ないし八、原告本人尋問の結果(第二回)によれば、原告は前記伊藤整形外科医院に入院した一〇四日間医師により付添看護を要すると判断され、家政婦が付き添つた八二日間を除く二二日間は原告の母が付き添つたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。そうすると、右二二日間は一日当たり金二五〇〇円、合計金五万五〇〇〇円の付添費を要したものと認めるのが相当であり、以上によれば、原告の要した入院付添費は合計金四〇万九一〇四円となる。

3  装具代

前記認定事実と、成立に争いのない甲第四八、第五〇号証の各一、原告本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したものと認める甲第三六号証、第四八、第五〇号証の各二、原告本人尋問の結果(第二回)によれば、原告は右膝関節に高度の動揺性があるため、装具を必要とし、装具購入代合計金五万一七〇〇円を要したことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

4  入院雑費

原告は前記二1記載の入院期間合計一〇二七日間、一日当たり金六〇〇円の入院雑費を要したと認めるのが相当であるから、原告の要した入院雑費の合計は金六一万六二〇〇円となる。

5  通院交通費

原告本人尋問の結果(第二回)及びこれにより真正に成立したものと認める甲第四八号証の三、前掲甲第三八号証の一三、調査嘱託の結果によれば、原告は昭和五四年三月愛知県岡崎市所在の光ケ丘女子高等学校三年生として復学し、校舎内の寮に住んでいたこと、原告は、同年六月一日、五日、一二日の三回装具合わせのため国立東京第二病院に通院したが、外出には介添人を必要としたため、東京在住の原告の母が同年五月三〇日原告を岡崎まで迎えに行き、同年六月五日東京から岡崎へ原告を送り届け、さらに同月一一日原告を岡崎へ迎えに行き、翌一一二日同人を岡崎へ送つており、自宅から同病院への交通費を合せると、国鉄、名鉄、バス、タクシーの運賃合計金八万一四〇円を要したことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

6  逸失利益

成立に争いのない甲第五一号証、原告本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したものと認める甲第五四、第五五号証、原告本人尋問の結果(第二回)、調査嘱託の結果によれば、原告は、昭和三三年五月二日生まれの女子で、本件事故当時光ケ丘女子高等学校二年に在学していたが、本件事故による前記入院のため昭和五一年四月から昭和五四年三月まで休学し、同年四月同校三年生として復学し、昭和五五年三月同校を卒業したこと、同年四月相模女子大学に入学したが、国立東京第二病院に二回目の入院をしたため、昭和五五年度は休学し、昭和五六年度に一年生として復学し、昭和六〇年三月同大学を卒業する見込みであること、原告は光ケ丘女子高等学校在学中、本件事故以前から大学進学を希望し、また進学が可能な状況であつたこと、原告は、相模女子大学卒業後、就職して結婚後も仕事を続けたい意志を持つていることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

以上によれば、原告は本件事故がなければ、昭和五二年三月前記高校を卒業して大学に進学し、昭和五六年三月大学を卒業して就職し、六七歳である昭和一〇一年三月まで、四五年間毎年大学卒女子労働者の平均賃金程度の収入が得られたはずであるところ、本件事故のため昭和五六年四月から昭和六〇年三月までの四年間は右収入全額を、同年から昭和一〇一年までの四一年間は、前記後遺症の程度に照らし右収入の三五パーセントを失うに至つたものと認めるのが相当である。そこで、右後遺症固定時である昭和五五年を基準時として、昭和五六年四月から昭和六〇年三月までの四年間については昭和五五年度賃金センサス企業規模計二〇歳ないし二四歳の大学卒女子労働者の平均賃金である金一七五万三七〇〇円を基礎とし、年五分の割合による中間利息をライプニツツ式計算法により控除すると、下記計算式(1)のとおり、その現在価額は金五九二万二四二〇円(一円未満切捨て)となる。また、昭和六〇年から昭和一〇一年までの間については、同賃金センサス企業規模計、年齢計、大学卒女子労働者平均賃金である金二五三万七四〇〇円を基礎とし、年五分の割合による中間利息をライプニツツ式計算法により控除すると、下記計算式(2)のとおり、その現在価額は金一二〇三万四一五二円(一円未満切捨て)となる。したがつて、原告の逸失利益は、合計金一七九五万六五七二円である。

(1)  1,753,700×(4.3294-0.9523)=5,922,420.27

(2)  2,537,400×0.35×(17.8800-4.3294)=12,034,152.354

7  慰藉料

原告本人尋問の結果(第二回)によれば、原告は本件事故により受傷したため多大の精神的苦痛を受けたことが認められ、原告の受けた傷害の程度、入・通院期間、後遺症の程度等諸般の事情を考慮すると、原告の精神的苦痛を慰藉するには金八〇〇万円が相当と認められる。

8  過失相殺

成立に争いのない甲第一ないし第七号証、第九ないし第一一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第二二号証、証人山本光雄の証言、原告(第一回)及び被告篠田各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。本件事故現場は、中園町方面から国道一号線方面へ南北に走る幅員約六・五メートルの市道と、東方向矢作町方面からは幅員約三・五メートル、西方向東洋レイヨン猫田社宅方面からは幅員約五・五メートルの市道の交差する交差点(以下、本件交差点という。)であり、制限速度は時速四〇キロメートルで、信号機、一時停止等の交通標識はなかつた。本件交差点から北方向中園町方面へは、約七〇メートルの間ほぼ直線でその後ゆるやかに右にカーブしている。本件交差点の北東側は畑で、見通しは良いが、本件事故当時は本件交差点から中園町方面へ向かつて被告車からみて左側に数台の自動車が一列に駐車していたため、見通しが悪くなつていた。本件事故発生時は夕刻で薄暗く、雪が降つていて路面は湿つていたが、特に滑りやすい程ではなかつた。被告篠田は、被告車を運転し、時速三〇ないし三五キロメートルで中園町方面から本件交差点に差しかかつたが、本件交差点右方向はブロツク塀で、また左方向も、前記のとおり進行方向左側に並んだ駐車車両のため、それぞれ見通しが悪く、また付近は住宅地で子供がよく遊んでいることがあることを知つていたが、本件交差点の反対側対向車線で普通貨物自動車が停止しており、被告車の通過待ちをしているように見えたこともあつて、減速徐行しないで進行してきたところ、左方道路から原告の自転車が進行してくるのを約七・八メートル手前で発見し、直ちに急制動をかけたが及ばず、被告車左前部バンパー付近を原告の自転車右サドル付近に衝突させた。原告は自転車を運転して矢作町方面から本件交差点に差しかかり、本件交差点手前で一時停止し、左方向については前記貨物自動車の停止しているのを確認したが、右方向については前記駐車車両のためもあつて、十分確認しないで発進したところ、前記のとおり被告車と衝突した。以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果(第一回)中、右認定に反する部分は、採用し難く、他に右認定に反する証拠はない。

以上によれば、被告篠田には、左右の見通しのきかない交差点に差しかかつたにもかかわらず減速徐行しなかつた過失があり、原告には、右方向から進行してくる車両の有無を十分確認しなかつた過失があるといわざるを得ないから、右認定の事実を綜合して考えると、原告の過失をしん酌して、原告の受けた損害の内、二五パーセントを減額するのが相当である。

前記1ないし7の損害額の合計は金三七〇二万七二五〇円であるから、右二五パーセントの減額(一円未満切上げ)をすると金二七七七万四三七円となる。

9  損害の填補

原告が、被告会社から金九八七万円、自動車損害賠償責任保険から金三九二万円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがない。これを原告の損害賠償債権額から控除すると、金一三九八万四三七円となる。

10  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟の提起、進行を原告代理人に委任したことが認められるが、本件事案の性質、審理の経過、認定額等にかんがみると、本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は金一四〇万円が相当である。

11  合計

そうすると、原告が被告篠田に対し求め得る損害賠償額は、合計金一五三八万四三七円となる。

四  次に、原告の被告会社に対する請求について判断する。

請求の原因5(一)の本件保険契約締結の事実及び右契約に四七年約款が適用されることは、当事者間に争いがない。

1  原告らは、右約款には被害者が保険会社に対し直接保険金を請求できる旨の定めがないが、これを認めないのは不合理であるから、右約款に司法的規制を加え、これを補充して直接請求権を認めるべきであると主張する。

しかしながら、保険契約の当事者ではない被害者が直接保険者に対し保険金請求権を取得するためには、保険契約において、個別の合意又は約款により、その旨が取り決められている場合か、法律上の根拠規定が存在する場合のいずれかでなければならないところ、本件においては、右の合意又は約款の存在は認められないのみならず、原告主張のように約款を補充して被害者が直接保険者に対する保険金請求権を有するものと解すべき根拠を発見することができないので、原告の右主張は採用することができない。

2  次に、原告らは、被告篠田に代位して被告会社に対し保険金の支払いを求めると主張する。

四七年約款第三章第一七条第一項によると被保険者の保険者に対する保険金請求権は、被保険者が負担する法律上の損害賠償責任の額が、判決、和解、調停又は書面による協定によつて被保険者と損害賠償請求権者との間で確定した時から発生し、これを行使できると規定されているところ、右約款の条項を無効と解すべき根拠を発見することができないことは前判示と同様であり、これによれば、本件においては、右損害賠償責任額がいまだ確定していないのであるから、原告は被告会社に対し、現在の給付として被告篠田の保険金請求権を代位行使することはできないというべきである。

しかしながら、原告の被告会社に対する請求には、原告と被告篠田との間において本件判決の確定により損害賠償責任額が確定したときには被告篠田に代位して保険金の支払いを求める旨の将来の給付の請求も含まれていると解すべきことは、弁論の全趣旨から明らかであるところ、現に右損害賠償責任額確定のための訴訟が提起され、右訴訟が保険金請求訴訟と併合されている本件においては、原告の被告篠田に対する損害賠償請求を認容するとともに、将来の給付を請求する必要性が認められる限り、原告の被告会社に対する前記請求を認容することに妨げはないものといわなければならない。

ところで、被告篠田本人尋問の結果によれば、被告篠田は、会社員で、資産としては借地上の家屋(約五二・八平方メートル)を有するのみであることが認められるから、前記損害賠償債務を支払う資力に乏しいということができ、また、被告らが損害賠償義務及び保険金給付義務を争い、原告が損害の速かな賠償を得る必要に迫られていること(この点は弁論の全趣旨により明らかである。)に照らすと、原告の請求はあらかじめその請求をする必要のある場合に該当するものと解される。

さらに、原告が被告篠田に対して損害賠償請求権を有すること、及び被告篠田が無資力であることは前記認定のとおりであるから、原告は、被告篠田に代位して被告篠田の被告会社に対する保険金請求権を行使することができる立場にあるというべきである。

3  前記認定のとおり、原告は被告に対し金一五三八万四三七円の損害賠償債権を有するところ、被告会社が本件保険契約の保険金限度額金二〇〇〇万円の内、金九八七万円を原告に対し支払い、内金一〇〇万円を自動車損害賠償責任保険から償還を受けたことは当事者間に争いがないから、原告は被告会社に対し、原告の被告篠田に対する本判決が確定したときは、金一一一三万円の保険金及びこれに対する右確定日の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができる。

五  以上によれば、原告の被告篠田に対する本訴請求は、金一五三八万四三七円及び内金一三九八万四三七円に対する不法行為の日の後である昭和五一年四月一日以降、内金一四〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五四年六月九日以降、各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、原告の被告会社に対する本訴請求は、前記四3記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 北川弘治 芝田俊文 富田善範)

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